■ほぼ、空=青木淳+リチャード・タトル ■東山詩織
*以下の2展示□を観る.
■東京オペラシティアートギャラリー,2026.7.18-9.23
□ほぼ空,青木淳+リチャード・タトル
■館入口近くのショップが展示室として取り込まれており、既存の空間がそのまま拡張されたように感じられた。 薄暗い会場に足を踏み入れると、がらんどうの空間に大きな白い柱が数本立ち、天井からは針葉樹の枝を収めたバスケットがいくつも吊り下げられている。 壁面には、色の帯のような布が点在するように貼りつけられていた。 ほとんど何もない空間に靴音だけが響き、数枚の野田穫の絵が配置されている。
途中のコリドールはショップとして機能しており、展示と日常の境界が曖昧に混ざり合っていた。 薄暗い二階へ進むと、白い柱・バスケット・帯という三つの要素が同じ調子で反復され、空間全体に一定のリズムを与えていた。
この展示は「地底旅行」のようだと感じた。 地下深くに生まれた空洞を歩いているかのようで、空気には暗さと湿り気が含まれている。 そこで見上げる「ほぼ、空」は、地上の空とは異なり、このような感じだろう。 野田穫の建築画も、針葉樹の存在も、この地底的な感覚にしっくりと馴染む。 久しぶりに、別世界へ迷い込んだような体験を楽しむことができた。
□東山詩織
■東山詩織の作品は、「グリッドやパースを感じさせる幾何学的な画面構成」という紹介文のとおり、画面の奥行きと秩序がまず視覚を捉える。 どこかで見たような感覚が立ち上がるのは、フランス式庭園の平面幾何学にも似た、人工的な構造の美しさがあるからだろう。
さらに、荒川修作の作品がふと脳裏をよぎった。 数字や矢印が支配していた時代が廃墟となり、その上に柔らかな緑が生い茂る、そんな「新しい時代の風景」を東山が描いているようにも思える。 画面には「平和で牧歌的な風景」が広がり、幾何学的な構造と自然の生成が同居している。
作品群は、観る者の想像を大きく広げる力を持っている。 フラクタルのように反復しながら永遠へと伸びていく形態が、脳の奥を心地よく刺激する。 初めての画家であったが、名前は忘れることはないだろうと思わせる確かな印象が残った。