■前田寛治、ポエジイとレアリスム
■作家:前田寛治,小島善太郎,木下孝則,里見勝蔵,佐伯祐三ほか ■東京ステーションギャラリー,2026.7.4-8.30 ■前田寛治の名といくつかの作品には触れていたものの、彼の活動期間が十年に満たないこと、そしてその全体像に初めて近づけたのが今回の展示会である。 「前田」を「まえた」と読むことを含めて、基本的な理解も輪郭を持つことができた。 展示は「絵は詩である」「パリ留学、写実への目覚め」「帰国後の活躍、実在感を求めて」「1930年協会、生命の写実」「如何に超越すべきか」の五章構成で、前田の画風の変遷と思想の深化を段階的に示している。 大正期、多くの画家が渡仏したが前田もその一人である。 滞在中の作品を追っていくと、画風が大きく変貌していく様が手に取るように分かる。 クールベからセザンヌ、さらにキュビスムを経て、レアリスムの追求へと向かう。 福本和夫の唯物史観からの影響も大きく、質感・量感・実在感への志向が次第に強まっていく。 その探究は帰国後の「1930年協会」に結実し、前田は新しい芸術の波を求め続けた。 二階の大展示室では、中央に壁を設けて空間を二分し、「パリ留学(後半)」の婦人像群と「帰国後の活躍(前半)」の裸婦・裸体群を対置している。 やや狭くなった空間が緊張感を生み、画家の思想が押し寄せてくるようだった。 部屋の中央に立ち、ゆっくり一回転すると、作品が流れるようにつながり、視線と身体が展示に導かれていく。 この鑑賞体験が何とも言えず心地よい。 「1930年協会」の章では、協会メンバーの作品が並び、彼らの活動を補足し厚みを与えていた。 終章「如何に超越すべきか」は早すぎる死が痛ましい。 すべてを見終えたとき、短い生涯に凝縮された前田寛治の画業が迫ってきて、満ち足りた観後感が静かに押し寄せてきた。 *美術館、 https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202607_maeda.html