■ヌルヌルネクサス
■プロデューサー:落合陽一 ■横浜ランドマークプラザ,2026.10.14- ■2025年大阪・関西万博に出展された「ヌルヌル」が横浜にやって来た。 ホームページをざっと見て興味を引かれ、さっそく予約して横浜へ向かった。 観客は20名ほどのグループに分けられ、6つの「間」と呼ばれる空間を約60分かけて巡る仕掛けになっている。 もっとも、最初と最後の空間は導入と退出のための場であり、実質的な展示空間はその間に配置されている。 鏡に覆われた「壱の間」では、壁面に映像や文字が投影される。 続く「弐の間」は真っ暗な空間で、日常音や人の話し声のような音が響く。 「参の間」では、算盤・タイプライター・望遠鏡・ギター・蓄音機など、この数十年間に使われてきたさまざまな道具などが展示されている。 そう、アルバム「アビイ・ロード」もあった。 そして最後の「肆の間」では、再び鏡張りの空間で映像と言葉に向き合うことになる。 60分という体験時間は、私にはやや呆気なく感じられた。 その一因は、映像と音響の明瞭さが十分でなかったことにあるように思う。 映像も音響も、身体を包み込むような立体感には至らず、鏡による増幅効果はあるものの、どこか平面的な印象にとどまっていた。 そのため体験が雑音のように流れてしまい、意識の深いところにまで届かなかった。 これは少々残念だった。 コンピュータの内部コードにおいて、「ヌル」とは全てのビットがゼロである状態を指す。 しかし、人間がディスプレイや印刷物として目にする際には、それはしばしば空白(スペース)のように見える。 存在しているにもかかわらず見えないのである。 帰宅後に配布資料を読み返し、この展示が「色即是空、空即是色」という仏教思想と結び付けられていることを知った。 一見すると大仰な解釈にも思えるが、「記号とは何か」という問いを投げかけようとしていたことは理解できる。 空と無、記号と道具という対概念を般若心経の世界観と接続し、それを具体的な展示空間と観客体験へと置き換えた発想は興味深い。 そう考えると、私が展示を体験した時点では、この作品が内包していた般若心経的世界観を十分に読み取れていなかったことになる。 資料を読んで初めて気付いたという事実に、自らの感受性の衰えを思わずにはいられなかった。 同時に、映像と音響によって具体から抽象へと観客を導...