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■2022年美術展ベスト10

■ 楳図かずお大美術展   東京シテービュー ■ 特別展ポンペイ   東京国立博物館・平成館 ■ メトロポリタン美術館展、西洋絵画の50年   国立新美術館 ■ ミケル・バルセロ展   東京オペラシティアートギャラリー ■ 2121年Futures InーSight展   21_21 DESIGN SIGHT ■ 奇想のモード、装うことへの狂気またはシュルレアリスム   東京都庭園美術館 ■ 写真と絵画、柴田敏雄と鈴木理策   アーティゾン美術館 ■ クリストとジャンヌ=クロード、包まれた凱旋門   21_21 DESIGN SIGHT ■ ガブリエル・シャネル展   三菱一号館美術館 ■ 星野道夫、悠久の時を旅する   東京都写真美術館 *並びは開催日順. 選出範囲は当ブログに書かれた展示会. 映画は除く. *昨年のベスト10・・「 2021年美術展ベスト10 」. 

■fire&water ■野口里佳、不思議な力 ■星野道夫、悠久の時を旅する

*次の□3展を観る。 □fire&water,PRIX PICTET Japan Award プリピクテジャパンアワード,写真とサステナビリティに関する国際写真賞 *美術館、 https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4313.html □野口里佳,不思議な力 *美術館、 https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4270.html □星野道夫,悠久の時を旅する *美術館、 https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4311.html ■東京都写真美術館,2022.10.l7-23.1.23 ■プリピクテジャパンアワード2022に岩根愛を選出したようです。 ハワイのボンダンスと日本人墓地を繋げる作品は日本人移民の喜怒哀楽史が詰まっている。 小笠原原人を撮った長沢慎一郎もこの延長線にあるでしょう。 野口里佳「不思議な力」は力の入っていない力作です。 日常世界は実は不思議だらけです。 それを発見した時、身体はカメラになっていく。 星野道夫のアラスカは一枚一枚に物語がある。 自然と人間の関係を考えさせられます。 「悠久の時を旅する」を観終わった時、直前に観た2展をすっかり忘れてしまった。 それだけ自然の豊かさは全身に食い込んできます。 「DOMANI明日展」で今年の見納めにしようとしたが、この3展を追加します。

■DOMANI明日展、百年まえから百年あとへ

■国立新美術館,2022.11.19-23.1.29 ■2年ぶりの本展は10名の作家が登場します。 中堅が4名含まれている。 そのためか充実した内容でした。 絵画系では小金沢健人のドローイング作品が面白い。 重ねた紙をずらしながら色鉛筆を塗っていく。 W・カンディンスキー風の構成・色彩です。 紙と紙の境に見えない直線が在る。 構造の強さがみえる。 丸山直文は水の上に描いていく・・? 抽象風景や田圃をみていると牛島憲之を思い出させてくれます。 彫刻系では、伊藤誠のどこかユーモアのある、谷中佑輔の手首や足首を繋げ器官に訴えてくる、北川太郎のいかにも手で考えている、これらの作品は見て触れることで身体が喜びます。 写真系の石塚元太良の青い氷河はインパクトがありますね。 そして近藤聡乃のニューヨーク生活は世界に繋がっていることが分かる。 今年最後の美術展だが期待以上に楽しく観ることができました。 *美術館、 https://www.nact.jp/exhibition_special/2022/domani2022-23/

■京都・智積院の名宝

■サントリー美術館,2022.11.30-23.1.22 ■京都旅行では智積院に寄ったことがなかった。 ということで六本木の智積院展に足を運んだ。 やはり長谷川派が目当てだ。 2章「桃山絵画の精華、長谷川派の障壁画」では等伯が4枚、息子久蔵が1枚、他1枚の計6枚がズラッと並んでいる。 壮観だ。 等伯では「楓図」が一番かな。 それと長谷川派「雪松図」がリズムの良さで気に入る。 しかし思っていた以上にくすんでいる。 写真とは比べ物にならない。 照明も絞っている。 ちょっと残念な気分だ。 修復すればずっと良くなるだろう。 当院は近代画家との縁もあるらしい。 土田麦僊や堂本印象の作品も展示してある。 堂本の「婦女喫茶図」「松桜柳図」はシッカリしていて長谷川派に負けていない。 現場に似合っているはずだ。 多くの人物像や名宝も展示されていて院の全体像が見えてきた。 しかし現地へ行って観ないと良さがわからない。 京都へ行きたくなってきた。 *美術館、 https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2022_5/index.html

■パリ・オペラ座、響き合う芸術の殿堂

■アーティゾン美術館,2022.11.5-23.2.5 ■「新章パリ・オペラ座、特別なシーズンの始まり」を見逃してしまった。 でも映画はいつか観ることができる。 それにしてもこの美術展は分かり難いわね。 解説の文字数が半端でない、17世紀から21世紀迄の400年間を詰め込んでいるの、しかもオペラ座は複雑な歴史を背負っているからよ。 取っ付き難い理由はもう一つある。 それは美術展というより資料展と言ってよい。 250作品の多くは美術品だがパリ・フランス国立図書館から借りてきたものだから。 展示も解説も図書館的になってしまった。 もちろんバレエとオペラには日々接していないとツマラナイはず。 それでも知らない舞台作品は多い。 スタッフの役割、衣装の変遷、バレエとオペラの区分け等々ある程度は掴むことができる。 オペラ座の上演形態が特殊なためR・ワーグナーもS・ディアギレフも苦労したことが書いてあった。 外国の作曲家はそれを乗り越えてオペラ座での地位を獲得していったのね。 面白い話はいくらでも探せる。 でも草臥れた展示だった。 *美術館、 https://www.artizon.museum/exhibition/detail/545

■諏訪敦、眼窩裏の火事

■府中市美術館,2022.12.17-23.2.26 ■府中まで足を延ばす。 諏訪敦をまとめてみるのは初めてである。 写実絵画と言われているが少し違う。 たとえば1章「捨民」は彼の家族の歴史が語られる。 それは祖母や父が体験したであろう旧満州日本人の過酷な姿が作品に滲み出ているからである。 彼は何度も現地取材をしたようだ。 1945年の満州の風景が作品に重ね合わされて迫ってくる。  2章は静物画を再解釈しながら描く。 食器や果物、植物や魚介類が並ぶ。 水や豆腐もある。 ここで副題の「眼窩裏の火事」が何であるかを知る。 彼は「閃輝暗点」という症状に悩まされていたらしい。 なんと脳内に現れた現象を作品上に描いているのだ。 ・・。 3章は舞踏家大野一雄に焦点をあてている。 大野一雄や川口隆夫の舞台は何度か観ている。 しかし舞台と絵画の身体を結びつけるのには違和感がある。 流れている時間と止まっている時間の違いかもしれない。 舞台の身体は今から未来へ微分していく。 絵画の身体は今から過去へ積分していくからだろう。 「わたしたちはふたたびであう」の3章タイトルはとても絵画的だ。 *川口隆夫が大野一雄の身体性を踊る「 DUOの會 」(2022.11) *美術館、 https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/tenrankai/kikakuten/.html

■マリー・クワント、スィンギング・ロンドンの伝説 ■マリー・クワント展、丈も時代も変えたミニの女王

*マリー・クワントの映画と美術展の□2品をまとめて観る。 □マリー・クワント,スウィンギング・ロンドンの伝説 ■監督:サディ・フロスト,出演:マリー・クワント,ケイト・モス,ヴィヴィアン・ウェストウッド他 ■Bunkamura・ルシネマ,2022.11.26-(イギリス,2021年作品) *映画com、 https://eiga.com/movie/97458/ □マリー・クワント展 ■主催:ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館ほか ■Bunkamura・ザミュージアム,2022.11.26-2022.1.29 *美術館、 https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_maryquant/ ■マリー・クワントは1930年生まれで20世紀後半に駆け上がった一人です。 でもブランドアイコン「デイジーマーク」以外の彼女をこれまで知らなかった。 このドキュメンタリー映画は彼女の仕事を余す所なく描いています。 解説と映像が1960年代と共鳴しているからでしょう。 そしてマーケティング担当になる夫のアレキサンダー・グリーン、経営担当アーチー・マクネアの出会いが彼女の感性を開花させた。 しかし1970年代に入るとヒッピーの出現など生活が多様化し、ともにデイジー商品も多角化していくが、最後は会社をまとめきれず退いてしまう。  6階映画館を出て地下1階の美術館に入る。 目の前にある作品は大人びた子供服のような感じが先ずはしました。 映画の冒頭で「クリスチャン・ディオール(?)に無視された・・」と言っていたことが分かります。 しかし時代が後押した。 型紙を売りそれを消費者自身でデイジー服を作ることもしていたからです。 色も形もシンプルで取っ付き易い。 ファッションを大衆に広げた功績は素晴らしい。 当時と比べて解放の質は違うが、現在のユニクロ文化と似たようなところもあるかもしれない。 映画の終幕にヴィヴィアン・ウエストウッドが衣服の大量消費に異議を唱えていたがマリー・クワントはこれらをどう見ているでしょうか?