投稿

7月, 2026の投稿を表示しています

■山口華楊展

■作家:山口華楊,西村五雲 ■SOMPO美術館,2026.7.11-8.30 ■山口華楊は京都ではなじみ深い存在だが、東京での回顧展はじつに27年ぶりとなる。 日本画の魅力は、動物をじっくり観察し、その存在の気配まで描きとる点にあるが、華楊の写生はとりわけ対象の真髄に迫っている。 家畜を描いた作品、「山羊」(1924))、「耕牛」(1934)、「草」(1941)はいずれも生命の重さが画面に宿り、暈しの効果が静かな安らぎをもたらしていた。 花鳥画家としての力量も遺憾なく発揮されている。 「青蓮院の老木」(1973)の老木や、「白露」(1974)の向日葵や鶏頭には動物に通じる生命感がみなぎり、華楊の観察眼の広さを実感した。 会場には、海軍省派遣画家としてアンボン島で写生した作品も展示されていた。 アンボン島は、戦時中に父が滞在していた場所である。  陸軍兵士として南方の島々を転々とした父の記憶がふと蘇り、作品を前にしばし立ち尽くしてしまった。 戦後の華楊は「偉大なる動物画家」として大成する。  写生の精度は衰えず、そこに抽象性が加わることで、画面に精神性が立ち上がってくる。 見慣れた家畜だけでなく、「虎」(1956)、「黒豹」(1960)、「ライオン」(1962)などの作品では、動物の姿を通して内面世界を描こうとする意志が感じられる。 その到達点として描かれた「幻化」(1979)では、「すべてのものに実体はない」という仏教的な思想が明確に示される。 実体と非実体という背反する概念を、画面の上で統合してみせた稀有な画家であることを改めて思った。 今日は、日本画の奥行きを十二分に味わうことができた。 *開館50周年記念展 *美術館、 https://www.sompo-museum.org/exhibitions/2025/yamaguchikayo/

■ほぼ、空=青木淳+リチャード・タトル ■東山詩織

*以下の2展示□を観る. ■東京オペラシティアートギャラリー,2026.7.18-9.23 □ほぼ空,青木淳+リチャード・タトル ■館入口近くのショップが展示室として取り込まれており、既存の空間がそのまま拡張されたように感じられた。 薄暗い会場に足を踏み入れると、がらんどうの空間に大きな白い柱が数本立ち、天井からは針葉樹の枝を収めたバスケットがいくつも吊り下げられている。 壁面には、色の帯のような布が点在するように貼りつけられていた。 ほとんど何もない空間に靴音だけが響き、数枚の野田穫の絵が配置されている。 途中のコリドールはショップとして機能しており、展示と日常の境界が曖昧に混ざり合っていた。 薄暗い二階へ進むと、白い柱・バスケット・帯という三つの要素が同じ調子で反復され、空間全体に一定のリズムを与えていた。 この展示は「地底旅行」のようだと感じた。 地下深くに生まれた空洞を歩いているかのようで、空気には暗さと湿り気が含まれている。 そこで見上げる「ほぼ、空」は、地上の空とは異なり、このような感じだろう。 野田穫の建築画も、針葉樹の存在も、この地底的な感覚にしっくりと馴染む。 久しぶりに、別世界へ迷い込んだような体験を楽しむことができた。 *美術館、 https://www.operacity.jp/ag/exh300/ *美術館、 https://www.operacity.jp/ag/exh/detail.php?id=326 □東山詩織 ■東山詩織の作品は、「グリッドやパースを感じさせる幾何学的な画面構成」という紹介文のとおり、画面の奥行きと秩序がまず視覚を捉える。 どこかで見たような感覚が立ち上がるのは、フランス式庭園の平面幾何学にも似た、人工的な構造の美しさがあるからだろう。 さらに、荒川修作の作品がふと脳裏をよぎった。 数字や矢印が支配していた時代が廃墟となり、その上に柔らかな緑が生い茂る、そんな「新しい時代の風景」を東山が描いているようにも思える。 画面には「平和で牧歌的な風景」が広がり、幾何学的な構造と自然の生成が同居している。 作品群は、観る者の想像を大きく広げる力を持っている。 フラクタルのように反復しながら永遠へと伸びていく形態が、脳の奥を心地よく刺激する。 初めての画家であったが、名前は忘れることはないだろうと思わせる確かな印象が残っ...

■前田寛治、ポエジイとレアリスム

■作家:前田寛治,小島善太郎,木下孝則,里見勝蔵,佐伯祐三ほか ■東京ステーションギャラリー,2026.7.4-8.30 ■前田寛治の名といくつかの作品には触れていたものの、彼の活動期間が十年に満たないこと、そしてその全体像に初めて近づけたのが今回の展示会である。 「前田」を「まえた」と読むことを含めて、基本的な理解も輪郭を持つことができた。 展示は「絵は詩である」「パリ留学、写実への目覚め」「帰国後の活躍、実在感を求めて」「1930年協会、生命の写実」「如何に超越すべきか」の五章構成で、前田の画風の変遷と思想の深化を段階的に示している。 大正期、多くの画家が渡仏したが前田もその一人である。 滞在中の作品を追っていくと、画風が大きく変貌していく様が手に取るように分かる。 クールベからセザンヌ、さらにキュビスムを経て、レアリスムの追求へと向かう。 福本和夫の唯物史観からの影響も大きく、質感・量感・実在感への志向が次第に強まっていく。 その探究は帰国後の「1930年協会」に結実し、前田は新しい芸術の波を求め続けた。 二階の大展示室では、中央に壁を設けて空間を二分し、「パリ留学(後半)」の婦人像群と「帰国後の活躍(前半)」の裸婦・裸体群を対置している。 やや狭くなった空間が緊張感を生み、画家の思想が押し寄せてくるようだった。 部屋の中央に立ち、ゆっくり一回転すると、作品が流れるようにつながり、視線と身体が展示に導かれていく。 この鑑賞体験が何とも言えず心地よい。 「1930年協会」の章では、協会メンバーの作品が並び、彼らの活動を補足し厚みを与えていた。 終章「如何に超越すべきか」は早すぎる死が痛ましい。 すべてを見終えたとき、短い生涯に凝縮された前田寛治の画業が迫ってきて、満ち足りた観後感が静かに押し寄せてきた。 *美術館、 https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202607_maeda.html

■エットレ・ソットサス、魔法がはじまるときデザインは生まれる ■瀧口修造、書くことと描くこと

*下記の□2展示を観る. ■アーティゾン美術館,2026.6.23-10.4 □エットレ・ソットサス,魔法がはじまるときデザインは生まれる ■作家:エットレ・ソットサス,マルコ・ザニーニ,ミケーレ・デ・ルッキ,倉俣史郎 ■ブログを遡ると、2011年にデザインサイトで開催された「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」を訪れていたことがわかった。 あれからすでに15年、石橋財団は次の好機を慎重に見極めていたのだろうか。 今回の展示は当時の記憶を一度リセットするほど新鮮に映った。 珍しい写真を含め、作品数も過不足なく配置され、密度と呼吸のバランスがよい内容だった。 ソットサスの経歴をあらためて辿ると、戦後の混乱期を経て工業デザインへ接近し、インド旅行や米国西海岸での滞在、さらにはカタルーニャ放浪の旅が、彼の造形感覚に多層的な影響を与えていることがわかる。 個人的な記憶だが、タイプライターを購入しようとしていた頃、ちょうどオリベッティ「ヴァレンタイン」が発売された。 デザインは魅力的だったものの、あの赤色だけはどうしても受け入れられず、結局「レッテラ32」を選んだことを思い出す。 しかしその後、ソットサスの色彩感覚、スカッと抜けるようでいて、どこか揺るぎない安定感をもつカラフルな配列には驚かされ続けてきた。 今回の展示で「メンフィス」グループのメンバーに磯崎新の名を見つけたことは、長年の謎を解く鍵となった。 磯崎の「ティーム・ディズニー・ビルディング」(1991年)の実験的な形態と色彩はどこから来たのかと感じていたが、あの中央にそびえる円筒形と周囲の立方体の構造と色彩は、まさしく「トーテム」や「家具」の系譜に連なるものだと確信ができた。 「メンフィス」や「磯崎新」に加え、「鉛の時代」「スーパースタジオ」「アレン・ギンズバーグ」といった言葉が次々と過去を呼び起こす。 久しぶりに、目と脳が一気に覚醒するような展示であった。 *美術館、 https://www.artizon.museum/exhibition/detail/602 □瀧口修造、書くことと描くこと ■作家:パウル・クレー,マルセル・デュシャン,ジョアン・ミロ,岡鹿之助,堂本尚郎,荒川修作ほか ■正直に言えばかなり疲れる展示だった。 批評文や書籍の活字はどれも小さく、読む前から気力を削がれる。 瀧口が描...

■ベースゲート横浜関内 ■大井町トラックス

*今年3月に開業した2建築□を見学する. □ベースゲート横浜関内 ■設計・施工:鹿島建設,竹中工務店,事業:三井不動産,京浜急行ほか,管理:東急モールズデペロップメント他 ■2026.3.19開業 ■関内駅南口を降りると、33階建ての高層ビルが、5棟の低層建物に囲まれるように配置されている。 敷地全体は想像していたよりもコンパクトで、周辺の街並みに自然と溶け込んでいる印象を受けた。 奥に位置する高層の「タワー」棟の低層階には、没入型体験施設や健康センターが入居している。 オフィスエントランスは11階に設けられており、入居企業はまだ数社にとどまるようだ。 平日の昼間にもかかわらず静まり返っており、開業直後の<空気の余白>がそのまま残っている。 中央に建つ3階建ての「ザライブ」棟に入ると、横浜ベイスターズを前面に掲げた応援拠点のような雰囲気が漂う。 レストランやショップが並び、球団カラーが随所にあしらわれている。 横浜スタジアム側には、旧横浜市庁舎の外観を継承した8階建ての「ザレガシー」棟があり、星野温泉ホテルが入っている。 歴史的意匠と新しい商業空間が共存している点が興味深い。 これらの建物群は「バル街」と呼ばれる飲食店の連なりによってゆるやかに接続されている。 昼食時だったこともあり、多くのレストランが混雑していた。 街路のような連続性が生まれ、敷地の狭さを巧く利用している。 横浜スタジアムとはデッキで直結しているため、試合当日には一帯が横浜ベイスターズ一色に染まり、歴史や球場が絡み合う新しい関内の風景として立ち現れるのだろう。 *ベースゲート横浜関内、 https://www.basegate-yokohama-kannai.com/ □大井町トラックス ■設計:JR東日本建築設計,施工:竹中工務店,管理:JR東日本ビルディング,アトレ,日本ホテル他 ■2026.3.28開業 ■オフィス+ホテル+レジデンスを高層2棟で構成する、近年の都市開発の潮流を取り入れた建築群である。 先ほど見学した「ベースゲート横浜関内」と基本構造は共通しており、用途の複合化と高層化が標準化しつつあることを実感する。 JRの跡地を活用しているため、大井町駅から直結しておりアクセスの良さが際立つ。 低層階は人の動線が明快で、歩いていて迷いがない。 先日訪れた「高輪ゲート...

■杉本博司、絶滅写真

■作家:杉本博司 ■東京近代美術館,2026.6.16-9.13 ■杉本博司の「放電場」を凝視していると、無機から有機が立ち上がる瞬間が確かに感得される。 「海景」では静止した水平線近くの波がわずかに動き、そこに生命の痕跡が滲み出る。 「劇場」の白く輝く闇には、観客の不在にもかかわらずヒトの気配が沈殿している。 杉本作品に特有の「有機が立ち上がる瞬間」は、今回の展示でも確かに息づいていた。 しかし、会場ではほぼB0判?で統一された大判プリントが並び、写真を「独占して凝視する」ためのサイズではない。 むしろ絵画的なスケールで鑑賞することを求められているように感じた。 そのため、銀塩写真が本来持つ緊張感やリアリティが薄まり、あの独特の<気配>が迫ってこない。 杉本作品の核心が遠のいた印象を受けた。 さらにキャプションには作者自身の短歌(川柳に近い調子のものもある)が添えられている。 興味深い言葉ではあるが、言語が介在することで作品との距離が一段階遠くなる。 「けだもののみちきわめきていまのひと、ひとと言えどもいまもけだもの」「立ってみた腰は痛いし肩こるが、もろてをあげてやったぜ万歳」。 これらの言葉はユーモアと批評性を帯びているものの、写真の沈黙を破り、視線を作品から逸らしてしまう。 「絶滅写真」は、銀塩写真という技術の終焉と、自身の作家活動の終幕を見据えて浮上したタイトルだという。 杉本博司が長年追い続けてきた「無機から有機への気配」は、銀塩という物質性を伴う技法によってこそ成立する。 今回の展示はその終焉を示すと同時に、銀塩写真が持つ不可逆の魅力を改めて考えさせる場となった。 *美術館、 https://www.momat.go.jp/exhibitions/569