■分離派建築会100年展、建築は芸術か?

■パナソニック汐留美術館,2020.10.10-12.15
■建築圏から分離を宣言した分離派が先ずは彫刻に次に田園そして家具に向かったことを知った。 ・・民芸の影響を強く受けていたようにみえる。 生活に係わる民芸と比すれば「建築は芸術か?」の答えも見つけ易かったのだろう。 粘土をネリネリして造ったような1920年代の建築物模型をみていると母体に包まれた感触がやって来る。 このような住居に住んでみたいと思う。
関東大震災で公共建築を手がけたのは時の都合だが、これは民芸圏からの再分離と言える。 初めての公共で苦労しているのがわかる。 それは社会性を持たせるために芸術を抑える必要があったからだと思う。 それでも永代橋や聖橋、電信局や新聞社などの曲線は記憶に残る。
「我々は起つ!」「建築は芸術か?」。 大袈裟にもみえる言葉の終章はモダニズムの波に飲み込まれて離散したとある。 しかし材料や構造革命を経た現在からみると時代は一回りした感がある。 再々分離をして粘土をクネクネさせたような建築を又みたいものだ。
ところで文章で埋まりそうな会場構成だった。 この為か観終わったときには文字で腹一杯になってしまい具体展示物が思い出せなかった。 たしか椅子や机が置いてあったことは覚えているが・・。